クリスチャン・マークレーの日本では初めての大規模な展覧会となる「クリスチャン・マークレー トランスレーティング[翻訳する]」が東京都現代美術館で開催されています。これまでは、ニューヨークのホイットニー美術館で開催された「Christian Marclay: Festival」など海外での展示が主でした。今回の展覧会は、80年代初期のレコードメディアを加工した作品から2000年代の映像インスタレーション、マンガの擬音をコラージュした近作までを広く網羅した、マークレーの魅力が十二分に詰まったものになっています。マークレーの80年代は、音楽の大量消費を背景に、レコードメディアが街に溢れ、ジェームズチャンスやDNAなどのNO WAVEの流れや、ジョン・ゾーンらの周辺の即興演奏家とのコラボレーションなど、当時の音楽シーンが色濃く反映され、ジャンル性を越えた横断した作品が生み出されていました。
それでは、今回の展覧会の見どころを中心に作品紹介していきます。ちなみに会場では、東京都現代美術館の学芸員の藪前知子さんによる作品解説が配布されています。読みやすく短くまとめられています。下記のリンクからダウンロードすることができますので、展示されている各作品の解説はこちらを参考にしてください。
また、クリスチャン・マークレーの研究家でもある中川克志氏の「音楽家クリスチャン・マークレー 試論一ケージとの距離」を一読されると、今回のマークレーの展示をより深く楽しむことができますので、下記のリンクからダウンロードしてみてください。(PDFファイルとして無料公開されています)
中川克志氏「音楽家クリスチャン・マークレー試論一ケージとの距離」
会場に入るとすぐに、サイクル状に置かれたモニターが目に入ります。「リサイクル工場のためのプロジェクト」では、3つのグループに分けられた映像が流れ、会場に響き渡っている周期性のある工場の金属音が展示室を進むことで変化していきます。
《リサイクルされたレコード》はレコードを素材にした作品が展示されています。
これまでレコードメディアを使ったコラージュやビジュアル表現は、ミュージックコンクレートGRMC(初期のGRM)やミラン・ニザック「Broken Music」にも見られますが、フォノギター(ターンテーブル演奏)によるパフォーマンス「Ghost (I don’t live today)」や、「More Encores」、「Records」を聴くとそのセンスに魅了されてしまいます。マークレーを一番に象徴する重要な作品と言えます。
展示されているレコードの中には、実際にサウンドパフォーマンスに用いられたと思われるレコードも含まれており、こちらのレコードは、盤の中心から故意に複数の穴が開けられ、実際に再生された時に中心から離された位置は、速度が速くなり中心に近づくことで速度が遅く再生されるようになっています。穴位置を変えることで音楽のピッチと速度が変わる(ギターエフェクターのワウのような効果)仕組みとなっています。
こちらのレコードは、レコードの表面に細いマスキングテープが貼られていて、再生するとマスキングテープの部分がノイズとして再生されて一定のリズムが生み出されるようになっています。
《ビデオ・カルテット》は、膨大な映画の中の演奏シーンやサウンドを1年かけて編集した大作です。この作品はターンテーブでレコードを演奏するように、映像を大胆に切り取り、ループやカットアップを使い緻密に再構成されています。これまでレコードパフォーマンスでなされていたマークレーのコラージュの面白さが作品として見事に表現され、とても見応えのある映像作品です。
今回の展覧会の大きな見どころの一つは、近作であるシリーズ作品《叫び》や《ノー!》です。音楽とレコードメディアの相関関係や音楽と映像によるコラージュ表現の時代から、もう一つの方向性としての擬音やマンガをモチーフにした表現を見ることができます。大きなシルクスクリーンの作品《叫び》は、パネルにマンガの1シーン「叫び」を切り抜いてコラージュし、ダイナミックに構成しています。
《ノー!》は、15枚のグラフィックスコアで、音をサンプリングしコラージュしたようにマンガから切り抜いた断片を貼り合わせて構成しています。再構成された視覚的なイメージから受け取った鑑賞者やパフォーマーが、頭の中でビジュアルを変換してサウンドを感じたり、演奏表現に変換することに用いられる作品です。このような作品構造は《シャッフル》や《グラフィティ・コンポジション》からの共通したテーマ構造です。
展覧会のテーマ「トランスレーティング[翻訳する]」は、音楽やサウンドと美術のクロスオーバーした領域の部分を、美術表現へ変換し明快かつダイナミックに翻訳しています。曖昧なジャンル性を持ったサウンド・アートの中でも、実態を捉えやすいことから作品を楽しむことができる展覧会となっています。
クリスチャン・マークレー トランスレーティング[翻訳する]
2021年11月20日(土)- 2022年2月23日(水・祝)
東京都現代美術館
https://www.mot-art-museum.jp/exhibitions/christian-marclay/
2022年1月15日(土)
(1)「ノー!」コムアイ
(2)「エフェメラ: ある音楽譜」大友良英
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2022年1月16日(日)
(1)「ノー!」山川冬樹
(2)「マンガ・スクロール」巻上公一
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展覧会に合わせてタワーレコードが発行している冊子「Intoxicate」が会場で配布されています。
Intoxicate #154は、ICCの畠中実氏が展覧会の概要とポイントについて執筆しています。畠中実氏は、これまで「サウンド・アート―音というメディア」(2000年)、「サウンディング・スペース」(2003年)、「ローリー・アンダーソン 時間の記録」(2005年)など、サウンドアーティストのキュレーションをしてきました。本冊子は超必見です!
Intoxicate #155は、恩田晃氏が執筆。ニューヨークで活動した80年代のマークレーを振り返り、自身の創作のヒントを得たエピソードから当時のニューヨークのシーンについて、また、マークレーがサウンドアーティストとして活動するまでのヒストリーや、今回の展覧会の作品についても書かれています。広く網羅した内容は、これまた超必見です!恩田晃氏は、Room40レーベルより、鈴木昭男とのコラボレーションや、カセットテープ を使った独自のサウンドを発表しています。