immeasurable 岡村英昭氏へのインタビュー

 

サウンドアートやフィールド・レコーディング、エクスペリメンタル・ミュージックなどを扱う日本のレコードレーベル「immeasurable」の主宰である岡村英昭氏に、レーベルの発足からレーベルの活動についてのインタビューをさせていただきました。

岡村氏は、秋山伸氏が主宰されているedition.nordにデザインを依頼し、デジタル配信時代におけるCDメディアが置かれている現状や問題点を、デザインの方面からアプローチし、新たな音楽メディアの可能性を探ることについて取り組まれています。その洗練されたデザインは、実際に手にとって触れたくなる仕掛けが盛り込まれ、思わず聴きたくなるような美しい作品の数々としてリリースされています。

 

immeasurableレーベルより第1弾として発売されたYanagisawa Eisuke『Wetland』のパッケージ。録音の舞台となった京都の深泥池の周辺で採取された落ち葉などが同封され、リスナーの想像を刺激します。

 

第4弾として発売されたEiki Moriアルバム『Shibboleth – I peep the ocean through a hole of the torn cardigan』。omni typography手法(形式)によって構成されたブックレット、edition.nordによるパッケージデザイン。
 

 

Q1:immeasurableレーベル設立のきっかけについてお聞かせください。ステートメントを拝見するとひとつのプロジェクトであると感じられるのですが如何でしょうか?

 

A1:はい。
immeasurableですが、単なる音楽レーベルというよりはアソシエーションとして活動したいと考えて立ち上げました。実は、immeasurableを発足した年にイベントの開催を予定していたのですが、残念ながら、コロナ禍で中止せざるを得ませんでした。予定していたイベントの内容は、immeasurableからリリースした作家のトークや公開制作(公開録音)などで来場者と“聴くことから生じる思考や環境に対する知覚のあり方”を提示、共有することを主旨としていたものでした。

 

新型コロナウイルスの感染状況が落ち着いたら、催したいと考えているのですが未だに難しい状況が続いているのが残念です。

 

Q2:フィールド・レコーディングの作品やサウンド・アートの作品などを取り扱うようになったきっかけについてお聞かせください。

 

A2:決してフィールド・レコーディングやサウンド・アートに特化しているわけではありませんがこれまでのリリース作品から、そのような印象を持たれるのも仕方ないかもしれません。レーベル・ステイトメントに合致する内容の作品であれば、ジャンルを問わずリリースに向けて検討したいと考えています。

 

 

Q3:他のレーベルとはパッケージのデザインが明らかに違い、異彩を放っていると思います。統一され、洗練されたデザインに決まって行く過程、秋山伸氏 ( edition.nord )によるデザインについて、また、透明な美しい特殊パッケージへのこだわりなどありましたらお聞かせください。

 

A3:長くなりますが、デザインに関する話の前に現在の音楽・音響メディア環境について私が考えていることをお話ししたいと思います。

現在、サブスクリプションやデータで音楽に接するリスナーが一般的であると思います。フィジカル・メディアでは、レコードやカセットなどのアナログ・メディアに注目が集まっていることに比べれば、CDはゴミのような存在です。そしてメディアの変遷によってリスニング環境(音楽の受容環境)が変化してきたことは、様々な批評家や研究者が指摘する通りです。

以前、私はあるプロジェクトでカセット作品のリリースに携わったのですがマスター音源(ハイレゾ・データ)とテスト・プレスされたカセットの音質が大きく違うことに驚きました。近年、カセット特有の高域の周波数帯が減退した音質がトレンド(?)なのかもしれませんが私の経験からすると現行アーティストの作品をリリースするメディアとしてカセットが優れているとは思えません。勿論、アーティストやレーベル側が、カセットというメディアの特性を熟知した上でリリースする場合は別ですが再生されるカセット・デッキの性能差、回転速度などのバラ付きが大きいのも事実です。

次にレコードですが、流通するサイズとしては、7inch、10inch、12inch。回転速度は、33 1/3回転か45回転が一般的です。最も収録時間が長いのは、12inchの33 1/3 回転で約23分前後(片面)。音質面では、12inchの45 回転の方が優れているのですが、収録時間は約15分前後(片面)になります。再生機器によって多少前後しますが、CDの収録時間は74分です。決して長ければ良いというものではありませんが、時間芸術に分類される音楽においてこの収録時間の差はとても大きいと私は考えています。またレコードの製造品質には、カッティング・エンジニアのテクニック、プレス工場の差などが大きく現れます。そして、カセットと同様に再生機器の性能差も大きいのです。周知のようにCDの音質(サンプリング・レート)は、16bit 44.1khzですので数値上、アナログ・レコードと比べると音質面でCDは下回ることになりますが、人間の耳の可聴域(20khz)をカバーしています。CDは、「1と0」の差異を読み取るデジタル・メディアで複製が容易なことから製造工程によって品質の差異が生じるアナログ・メディアに比べると品質の差異を軽微にすることが可能です。ハイエンド・オーディオ環境ではなく、一般的な価格帯のCDプレイヤーの再生環境で生じる差異も許容範囲内であると私は捉えています。

では、サブスクリプションやデジタル・データ販売はどうでしょうか。近年、ハイレゾ配信も開始されたことでCDを上回る音質で作品を聴くことが可能となりました。ユーザーが興味を持った様々なアーティストを瞬時に探し当て、聴くことができるようなったことは素晴らしいと思います。しかし、経済的な面から考えるとエクスペリメンタルというジャンルに分類される私たちのような音楽においてサブスクリプションから還元される利益は僅かです。

一見、リスナーに広く開かれたようにみえるサブスクリプションもトレンド、広告出稿量、SNS、ユーザーの趣向分析などの影響に大きく左右されています。オンライン・マーケティングによる高度な情報資本主義と距離を取っておきたい私としてはサブスクリプションからimmeasurableの作品を聴けるようにするのは良い手段とは思えないのが現状です。そのかわり、Bandcampからデジタル・データをダウンロード販売できるようにしています。とはいえ、私たちのような小さなレーベルにとってBandcampが最適であると考えているわけではありません。『サブスクリプションよりマシかな?』といった感じで様子を見ています。Bandcampではハイレゾ・データ(WAV: 24bit 96khz)を販売しているのですが1曲でアップロードできる容量は凡そ600MB以内です。24bit 96khzのWAVファイルでアップロードできるのは15〜20分前後といったところです。
CDでは1曲が20分から70分以上の作品を途切れることなく再生することができますがBandcampでは15〜20分前後が限界のため、各アーティストにbandcamp用にエディットしてもらったバージョンを販売することにしています。Bandcamp Proにアップグレードすれば、アップロードできる容量は増えるのですが私はBandcamp Proの利用料に見合ったプロモーション活動に労力を割きたくありません。ここでもサブスクリプションと同様に経済的な問題が生じるわけです。しかし、これまでにアーティストやレーベルの要望を全て叶えるメディアがあったのでしょうか?そうではなく、どの時代においても現行するメディアの特性(=限界)とどう付き合うのかを考えながらアーティストは作品を制作してきたのです。

*有り得べき誤解を避けるために…
immeasurableは『CDを良し、アナログを悪し』としているのではなく以上のようなメディウム(=メディア)の特性や歴史、製造工程や流通を考慮・前提にした上での作品であればリリースの検討に値すると考えています。

この件については、まだまだ語ることもできるのですが……(笑)
話の前置きが長くなり過ぎましたね。しかし、このような前提や状況をアクチュアルにしたいという考えがimmeasurableを立ち上げた背景の一つであると知っていただきたいと思い、記すことにしました。

秋山氏とは知り合って10年以上の付き合いになるのですが知り合う以前より秋山氏の仕事には注目していました。秋山氏が手掛けた仕事に注目することで、多くの人が“普遍”と認識しているであろう形式や規範に対して、オルタナティブな方法を創造することは如何に可能か…という問題意識を感じ取り、影響を受けました。

かなり昔になるのですが、雑誌アイデア(339 2010.3)に掲載された秋山氏へのインタビューでの“グラフィック・デザイン(デザイナー)ができることは「文字しかないんじゃないか」”という旨の発言を思い返し秋山氏へデザインを依頼する最初期、タイポグラフィで構成していただきたいという希望をお伝えしました。

私の勘違いでなければ、現在までCDの盤面に展開されているomni typographyという手法(形式)はimmeasurableのデザイン依頼から生まれたものだと思います。

 

 

各作品のデザインについてですが、作品のコンセプトや関係する情報をお伝えし予算が許す範囲内でデザインをお任せしています。都度、作家の確認が入りますが、デザインが大幅に変更となったことは今までありません。予算的に難しい場合も柔軟に対応いただいています。

サブスクリプションやデータ配信など隆盛に加え、新型コロナウイルスの感染拡大、ウクライナとロシアの戦争の影響などパッケージ・メディアの流通販売が厳しい昨今ですが、秋山氏にはディスプレイに表示される情報だけでは伝えることが困難なimmeasurableや作家の態度、各作品のコンセプトなどをデザイン面から拡張し、伝達していただいていると私は感じています。

immeasurableからリリースされた作品のパッケージを「美しい」と感じられるならそれは秋山氏が率いるedition.nordによるデザインとそう感じられるユーザーの感性によるものだと私は思います。

Q4:展覧会に合わせて制作されたものや、特定の作家のみがリリースされていますが、どのような経緯でCDリリースする作家が決まるのでしょうか?また、柳沢英輔氏が第一弾だった理由などお聞かせください。

 

A4:『展覧会に合わせて制作されたもの』ではなく、展覧会のドキュメント的な作品と言った方が良いかもしれません。今のところ、リリースした作家はこれまでに何らかのお付き合いのある方々となっています。しかし、新たな出会いを拒んでいるということではありません。繰り返しになりますが、レーベル・ステイトメントに沿ったもの、音の受容、音楽形式への問題提起、聴覚や環境などへの関係性などについてコンセプトがよく練られた作品であれば、リリースを検討したいと考えています。

 

柳沢氏との出会いですが2018年に開催された、ある展覧会の関連トーク・イベントに登壇されていた時にお声掛けしました。それ以前より柳沢さんの活動には注目していました。柳沢さんの過去作品にコウモリ探知機 (バット・ディテクター)を使用したものがあったのでフィールド・レコーディング作家というより不可視のメディアである音について思考されている方だと感じimmeasurableの第一弾としてリリースするに相応しい方だと思い、依頼したところ快諾いただき、リリースに至りました。

 

 

Q5:美術作家のマネジメントをレコードレーベルが行っている例は、あまり聞いたことがありませんでした。Youngso Noさんを画廊のように取り扱い作家としてマネージメントするきっかけはどのような経緯だったのでしょうか?

 

A5:作品をリリースする時にYoungso Noよりリリースと引き換えにimmeasurableへ問い合わせやマネージメントなどを一任したいという条件提示がありました。その際に、Youngso Noより「素性などを明らかにしたくないのは、作家というメタカテゴリーが作品受容の障壁とならない為であり、ミステリアスな存在感を演出するためではない」と聞いていました。

前述にも記しましたが、immeasurableはレーベルというよりアソシエーションとして存在(機能)したいと考えていたこともあり、引き受けることにしました。僕にとってもこのようなことは初めてですが特に違和感もなく、特別なことをしている意識はありません。

この先、Youngso Noがポップ・スターのような存在になってマネージメントで忙殺されるような事態になるのなら、考え直さなければなりませんが(笑)

このような態度の著名な例としては、トマス・ピンチョンや河原温が先行していますし作家の素性などを秘匿しながら活動することは歴史上、珍しいことではないと思います。

 

 

Q6:今後、どのようなレーベルとして展開したいと考えてらっしゃいますか?お聞かせください。

 

A6:引き続き、immeasurableのステイトメントに沿った作品をリリースすること。また新型コロナウイルスの感染状況が落ち着いた頃に何らかしらのイベントを開催したいと考えています。

 

文責:相澤和広

immeasurableより新作が発表されました。

森 栄喜の新作『Stolen Scars』は、 高松市美術館で発表された5chサウンドインスタレーション作品をばばまさみ(salad)によってライブ録音された作品です。

 

Youngso Noの新作『JST: Solar Noon, Kyotango: Summer Solstice, Akashi: Winter Solstice』は、前作同様にフィールド・レコーディング作品です。

 

Youngso Noの前作についてインタビューをさせていただきました。
掲載記事はこちらから >> インタビュー

 

2作品ともBandcampで販売を開始しています。

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  • 2022年9月12日