中田粥 × 細田成嗣 「ポスト・インプロヴィゼーションの地平を探る」Vol.28

 

細田成嗣さんによるイベント・シリーズ「ポスト・インプロヴィゼーションの地平を探る」が国分寺M’sにて音楽家/アーティストの中田粥さんをゲストとして開催されました。中田粥さんは、東京出身で現在は大阪で活動されています。以前、Parallax Recordのインタビュー取材で京都に行った時に、森公保さんと毛利桂さんにストアイベントの一環として展示を行った話を伺ったのがきっかけで、中田さんの活動や作品について知りました。(作品の写真から完全に美術家かと思い込んでいましたが違っていました。)そのような流れもあり、今回、はじめてイベントに足を運びました。

 

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まず、細田さんのイベントがどのような企画かを簡単に紹介すると、ゲストのミュージシャンによるソロパフォーマンスと公開インタビューを行い、即興という視点から個別的な問題意識と同時代的な文脈を浮かび上がらせていくというもので、2018年から始まり、今回で28回目の開催となっています。即興という言葉を聞くとデレク・ベイリーを代表とするジャズ寄りの音楽のイメージを持つかもしれませんが(私だけかも?)、そのような特定のジャンルに括るのではなく、松本一哉さんやdj sniffさん、すずえりさんなど、多彩なアーティストを迎えてイベントを開催しています。

企画の内容を知る上で手掛かりになるのが「即興音楽の新しい波 ──触れてみるための、あるいは考えはじめるためのディスク・ガイド」(ele-kingのコラム)の記事です。即興音楽についてとても丁寧に記載されており、ジャンルを問わず広範囲にわたって「即興」について読み解いています。

 

ele-king 即興音楽の新しい波
ele-king コラムはこちら > > www.ele-king.net/columns/005754/

 

今回のイベントは、前半約40分くらいがライブパフォーマンス、後半がトークという構成。机に並べられた基板からは、アンプに電源が入った瞬間、「バリバリ」「キー」というノイズが流れ出します。次から次へと基板が組み立てられ、立体感を増していくとともに、単音的なノイズだったものが徐々にレイヤーとなって音が重なっていきます。中田さんのパフォーマンスは、彫刻家が木彫を制作しているように淡々と基板(素材)と向き合って作り上げているように見えます。

 

 

akata kayu solo performance 01

 

nakata kayu solo performance 02

 

パフォーマンスも中盤に差し掛かり、その立体に丸まったワイヤーを絡めつけると、電気回路から生じたショートにより新たな局面へと音が変化し、ゆっくりと動作するモーターを加えることで音に周期性が生まれていきます。

 

nakata kayu solo performance 03

 

終盤になり、長い基板を覆いかぶせた瞬間、エンディングに向けて畳み掛けるようにさらに暴力的な音へと変貌していきます。構築された基板のオブジェからは、叫ぶようなノイズが放出。次にテーブルに設置されている照明が点灯され、天井には基板のオブジェの影が大きく映し出されてます。

 

nakata kayu solo performance 04

 

 

そこで静かにコーヒーを飲む中田さん。爆音が鳴り響く中、アンプの電源が切られることで会場の静けさが戻ってきました。

まるで、彫刻が作り上げられるようにノイズが構築物とともに立ち現れて変貌していく光景は、これまで見たことのないものでした。これはとても新鮮な感覚で、40分以上にわたる演奏も緊張感が途切れることなく、爆音で築かれたオブジェに見入ることができました。

1月7日に開催された国分寺M’sでのパフォーマンスの全編を見ることができます。
 

ケースとライナーがないため「海賊版」として会場で販売されていたCD

Kayu Nakada (中田粥)  『A circuit not turning』

¥2,000 + 税
KYOU-002
レーベル : きょう Records
www.inpartmaint.com/site/20259/

 

 

中田粥さんと細田成嗣さんのトーク

 

細田さんと中田さんのトークは、演奏とは真逆に静かな口調から始まりました。先ほど積み上げられた基板のオブジェについて、細田さんからの問いがありました。

 

中田さんは、音楽の作曲家を志し音大に入学。クセナキスやリゲティなどを聴き、譜面の分析を行い現代音楽について学びます。ジョン・ケージのプリペアードピアノがヒントとなってシンセサイザーやリズムマシーンを解体し実験を試みます。同時にリード・ガザラのサーキットベンディングの考えにも触れるようになり、そこで中田さんが求めていた音、現代音楽的な手法を持ち込みつつ、鍵盤の平均律から抜けだしたサウンドに辿り着きます。

 

80年代のYAMAHA RX21を解体し、サーキットベンディングを行っている様子

 

この頃の演奏は、ナンバリングされたシンセサイザーやリズムマシーンの基板を平置きに並べるスタイルでした。そしてベーシストの吉良憲一さんに「バグシンセ」と命名され、現在の激しいノイズ的な音とは異なり、まさにシンセサイザーが誤作動を起こすような音を出す演奏を行っていました。

 

初期のバグシンセよるパフォーマンス

 

2016年頃、大阪に活動の場を移すことになりサウンド・インスタレーションなどのサウンド・アートの方向に触れる機会が多くなると、基板をオブジェのように構築していく方向になります。そして大阪にあるFIGYAでの運営や個展発表、ライブ演奏に留まらない、アート的な方向性へと表現の幅が広がっていきます。FIGYAの展示では、サーキットボードを会場に合わせてセッティングし、オブジェとサウンドを制作して展示を行いました。

 

Circuit board Stacking Sculpture

FIGYAでの個展「Circuit board Stacking Sculpture」の限定パンフレット

 

これまでの個展「Circuit board Stacking Sculpture」 が短く映像でまとめられています

ここで話は中田さんのコラボレーションに移っていきます。

「ポスト・インプロヴィゼーションの地平を探る」Vol,28

 

野外パフォーマンスの活動「PARADE」は、米子匡司さんとのコラボレーションによるもので、前身となる活動は、大阪・此花区のアートイベントの一環によるものが始まりです。これまで参加メンバーを毎回変えながら25回ほど開催。2019年8月の22回目は、新宿中央公園の陸橋を塩ビパイプで演奏するもので、中国のZoomin’ Nightレーベルからリリースされたカセットテープ『PARADE』のA面の一曲目に収録されています。

 

parade

 

ウェブサイトはこちら > >  parade.asia

 

PARADE

 

 

即興について

 

そして最後は、中田さんから今回のイベントの重要な問題点となる、「即興とは何か」について語られます。

 

「即興というもの自体は存在しないと思うんです。どんなインプロバイザーにも演奏者のクセが備わっている。たとえ手グセから逃れようとしたとしても、逃れようとした時点でクセが備わってしまう。何かしらの形式があった上で意志を働かせている時点で本当の意味での即興とは言えないんじゃないか。」

 

中田さんにとって今回のパフォーマンスは、基板を積み上げて行く行為やサウンドの発生はあらかじめ決められていて、厳密な意味で全く予期できないことを行うことはできない、だから「即興」は存在しないのでは?という立場です。

 

hosoda

 

細田さんからは、企画のテーマに立ち返り、JAZZにおける即興性を例に、今回のパフォーマンスから浮かび上がる不確定的な部分について整理しながら、譜面化できないその辺りの面白さ、不確定性が即興性と繋がって行く話へと進んでいきました。

 

「原理的に突き詰めると即興は存在しないという意見はわかります。ただ、そうでありながら、現実には即興演奏で面白い試みを行なっているアーティストたちが存在する。ならばその(原理的には存在しないはずのアプローチによる)面白さとはなんだろうか、という辺りを探りたいという思いがあるんです。

たとえばECMレコードの創設者マンフレート・アイヒャーはこんなことを言っていました。ECMにはジャズなどを扱う通常のシリーズと現代音楽や古楽などを扱うニュー・シリーズがありますが、その違いは何かと言うと、通常のシリーズが即興による音楽であるのに対し、ニュー・シリーズは記譜された音楽だと。言い換えると、即興による音楽というのは、記譜されていない音楽ということになる。ここで「譜面」を紙のスコアに限定せず、「事前に演奏を確定する要素」といった意味で広く捉えるなら、中田さんがいう「手グセ」も、あるいは「楽器(この場合は基板)」も、ある種の「譜面」と見なすことができます。そうした「譜面」に記譜されていないものを扱うのが即興による音楽であり、その辺りに即興音楽の一つの面白さがあるのだと思います。

もちろん中田さんのパフォーマンスには基板を積み上げていくことの想定し得るダイナミズムがあるわけですが、そのプロセスには必ず不確定的でコントロールできない部分もある。大きく見ると毎回同じような行為であっても、細かく見ていくと全く同じにはならない、そうした「譜面」の外部で発生している出来事があるからこそ、これほど惹きつけられてしまうのではないかと。」

 

それぞれの立ち位置で即興についての捉え方に違いがありつつも、登壇者の辿った背景から浮かび上がってくる共通の部分、不確定性の面白さについて、今回のトークイベントから伺うことができました。

 

今後、中田さんのパフォーマンスがどのような展開をしていくことになるか、細田さんが企画のテーマとされている「ポスト・インプロヴィゼーションの地平を探る」がどのように見えてくるのかがとても楽しみです。

 

中田さんの新作『シャインのこと / Shine​-​NO​-​KOTO』

現在、Bandcampにて販売中です。超オススメです。YouTubeを是非ご覧ください!

シャインのこと / Shine​-​NO​-​KOTO

 

 

 

 

プロフィール

中田粥(なかだ かゆ)

1980 年生まれ、東京出身の音楽家/アーティスト。2013年より電子楽器を解体して「サーキットベンディング」の手法を用いて生まれた「バグシンセ」を使った演奏活動をはじめる。2016年より大阪に拠点を移動。2017年にきょうrecordsよりソロアルバム『A circuit not turning』をリリース。2020年から2021年頭にかけて初の個展「Circuit board Stacking Sculpture」をアーティストランスペース「FIGYA」で発表。他、野外イベント・シリーズ「PARADE」の主催を行っている。

 

「既成の電子楽器の回路基板を取り出し半田付けして予め短絡させたものを、剥き出しのまま音を鳴らし、間にメタルやステンレスを挟み込みながら数台積み上げるか、または吊るしていく形でパフォーマンスを行う。 はじめはピアノの内部奏法、プリペアドピアノからヒントを得た。 シンセサイザーやリズムボックスなどの電子楽器の内部の基板を使って演奏すること、予め短絡が準備され音色の追求がなされることから、サーキット・ベンディングをプリペアドピアノの延長上にあるものと捉え直した。 同時に短絡によるもう一つの側面、予期せぬ音、偶然でる音への追求がなされた。 そのため数台の基板を積み上げ、または吊るし、メタルやステンレスを通して基板同士が短絡し合うことで予期せぬ音がより多く引き出せる事を発見した。制作したバグシンセは40台以上あり、実際のパフォーマンスでは6台から8台の基板を使用する。 これまでにライブハウスやアートスペースなどでソロ、複数での即興演奏や展示を行ってきた。」 - 公式ホームページより

 

www.kayunakada.com

 

細田成嗣(ほそだ なるし)

1989年生まれ。ライター/音楽批評。編著に『AA 五十年後のアルバート・アイラー』(カンパニー社、2021年)、主な論考に「即興音楽の新しい波──触れてみるための、あるいは考えはじめるためのディスク・ガイド」、「来たるべき「非在の音」に向けて──特殊音楽考、アジアン・ミーティング・フェスティバルでの体験から」など。2018年より国分寺M’sにて「ポスト・インプロヴィゼーションの地平を探る」と題したイベント・シリーズを企画/開催。 - リアルサウンドより

 

https://realsound.jp/person/about/955373

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  • 2023年2月1日