「The Drinking Boy (トウモロコシ畑)」は、クリス・ワトソンによる絵画のサウンドトラックです。この作品が制作された過程は、これまであまり為されなかった試みということもあり、とても興味深いものとなっています。この「The Drinking Boy」は、イギリスのナショナルギャラリーの依頼により制作されました。ギャラリーの学芸員から絵画作品を観るのに鑑賞者は数秒しか見ていないとの相談があったことから、その絵画が持っている視覚的な情報をクリス・ワトソンが考察して音(サウンドトラック)を制作し、そして選択された音に時間的要素を加えることを試みました。絵画を鑑賞しながらこのサウンドトラックを聴いてみると、その絵画が新鮮でみずみずしく、平面の絵画だけでは感じることができない深い奥行きと、描かれているモチーフ達の質感がしっかりと感じられるようでした。水の流れと量、そこに流れる風の変化、鳥達のさえずり、遥か遠くに建っている教会の鐘の音……。絵画と共に生々しく再生される音のリアリティーは、密度が高く、解像度がとても高いモノクロ写真の技法ゾーンシステム(ラチチュード最大限に活かす技法)で作られたアンセル・アダムズの大判写真のように、構成される音像の説得力を感じずにはいられませんでした。
この絵画の新たな鑑賞方法は、ナショナルギャラリーの学芸員とクリス・ワトソンによって制作されたことはとても面白い試みとなりました。
クリス・ワトソンによるこの作品の制作過程の解説は、YouTube「The Sound of Story 2015: Chris Watson」で見ることができます。この動画は、ブライトンを拠点とする芸術慈善団体「Lighthouse」のレクチャーイベントの模様を収めたもので、自身のこれまでの経歴から始まり、今回の作品制作について収録されています。ナショナルギャラリーにある多くの絵画の中から「The Drinking Boy」を選んだ理由や、描かれているモチーフから音を選んだのかを作家本人から聞くことができます。また、この動画でわかることは、描かれている絵の対象の土地で一発録音された無加工の音ではなく(素材として現地の音を一部使用)、作家によって全く不自然に聴こえることない音響空間(虚像)がリアルに描かれていることです。普段あまり知ることができないクリス・ワトソンのクリエイティブな側面が見られる貴重な映像です。