いっかいこっきりの「日向ぼっこの空間」

 

「日向ぼっこの空間」は1988年「秋分の日に、一日、自然に耳を澄ます」という自修イベントのために、日本の標準時の最北の地で、子午線135度に交差する場所に巨大壁二面を一年半の月日をかけて制作したものです。「日向ぼっこの空間」の巨大壁での録音は、鈴木さんの個展「カタツムリに聴く」に合わせて制作された7インチアナログ盤(island JAPAN)に収録されている、自作楽器「アナラポス」による演奏の記録が残っています。しかし、この制作された空間がどのような音空間だったのか、これまで記録として発表されてきませんでした。2017年には「日向ぼっこの空間」は取り壊され、現在では、その二面の壁の音響は失われています。しかし今回、壁の設置から30年以上の時を経て、サウンドアーティスト川崎義弘さんによって奇跡的に残されていたDATテープが発見され、PZM(Pressure-Zone Microphone)と呼ばれる特殊なマイクロホンでフィールド・レコーディングされた音源が2枚組CDに収録されました。1枚目のCDには、鳥のさえずりや風が織りなす木々の音、虫が飛び回る羽の音、車のクラクション、そして昼を知らせる(?)サイレンが響き渡ります。また、二面の壁からの音響空間で発せられたフラッターエコーを聴きとることができ、まるで「日向ぼっこの空間」の壁に寄りかかって聴き入っているような、生々しく豊かな無編集の音響を1時間に渡って聴くことができます。続いて2枚目のCDには、鈴木さんの12分〜15分程度のパフォーマンスが3トラック収録されており、「日向ぼっこの空間」と対話するように周囲を取り巻く美しい木々や鳥のさえずりと共に、共鳴点を探り当てて異化するかのような試みとしてのパフォーマンスを聴きとることができます。

 

そして当時の詳細な資料を収録したブックレット(後半に紹介したいと思います)が2枚組CDと共にArt into lifeからリリースされました。

 

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6月 24日(土)に、下北沢アレイホールにてArt into life主催の「いっかいこっきりの『日向ぼっこの空間』出版記念イベント」が開催されました。イベントプログラムは、3つの構成で、前後が鈴木さんのパフォーマンス、中盤が川崎さんと鈴木さんのトークイベントとなっていました。それでは、イベントの内容を軸に「アナラポスによるパフォーマンス」「川崎さんと鈴木さんのトークイベント」「日向ぼっこの空間ブックレット」についてみていきます。

 

 

アナラポスによるパフォーマンス

アナラポスによるパフォーマンスは、今回のイベントのために新たに制作した自作楽器「アナラポス」を使って行われました。「アナラポス」とは糸電話のような構造で、紙コップにあたる部分が直径12センチの円筒鉄でできていて、音声を伝える糸の部分に特注のスプリングが取り付けられています。このスプリング部分が音の深いリバーブ効果を生み出し、材質からくる独特の金属音を帯びた音色に変化します。ちなみに「アナラポス」は、「アナログ+ポスト」の造語とされていますが、なんと鈴木さんのオナラが名前の由来になっているのだそう。今回はこのスプリングの長さを7メートルに調整しています。この長さは「日向ぼっこの空間」の壁の隔たり7mからきています。

「アナラポス」のパフォーマンスは、金属製の2つの筒の片方を着席しているキュレーターの四方幸子さんに渡し、鈴木さんが少しずつ距離を取りながら金属製の筒の側面を軽く叩くと音が解き放されたように伝搬していくというものです。筆者は、2002年にコア石響で行われたライブ「もがりの音 III」でもそのパフォーマンスを拝見しましたが、プリミティブな機構から響く音の大きさと、バネを伝わった音が金属的音色を帯びて変貌する様子は、毎回新鮮な驚きをもたらしてくれます。

 

 

川崎さんと昭男さんのトークイベント

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トークイベントは川崎さんの進行のもと、当時を振り返りながら鈴木さんの活動の経歴を紹介するところからはじまります。「日向ぼっこの空間」が完成するまでの話が、当時のスライドと共に進んでいきます。詳しい内容についてはブックレットに掲載されているので、是非、読んでいただきたいと思います。鈴木さんはもともと、芸術大学の建築科へ進み建築家になることを志していたそうですが、そのことが「日向ぼっこの空間」の制作に大きく影響を与えています。結果的には進学せず、建築家の牛山勉さん(1935-2002)と出会い「牛山設計研究室」で働き始めます。牛山設計研究室は、桜画廊と共存する関係で立地していたので、それが美術に足を踏み入れるきっかけともなっています。

 

「日向ぼっこの空間」の図面や模型の精巧さは、後に建築事務所で培った経験が活かされていると、当時の資料から見て取ることができます。

 

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図面

写真:CD「日向ぼっこの空間」ブックレットより

 

観察点の探索への旅と1年半の歳月をかけて完成した壁

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「日向ぼっこの空間」の構想は、当時手に入れた1枚のレコード、ドビュッシーの「海」から受けた衝撃によって始まります。ドビュッシーの「海」は、これまで行っていたドビュッシーの一日の自然観察から作曲したと考察し(結果的には勘違いだった)、そうした自然観は、これまでの自修イベントへの考えを揺るがすきっかけとなりました。そして、その自然観察を追体験するために自らの壁を乗り越えるべく、自然観察点の探索への旅にでます。青春18きっぷで東京から向かった地は、本標準時の基準となる東経135度の子午線上にある京都府京丹後市。網野町では住民説明会を開催し、高天山の標高150mの尾根にある子午線に交差する土地の提供を受け、東京から網野町へ移住することになります。
パキスタンに行った時に学んだ日干しレンガの作り方(現場の赤土に少量のセメントを混ぜる方法)で1日100個ほどのレンガを制作。1年半の歳月をかけて、レンガ1万個による高さ3.5m、壁幅17m、壁の隔たり7m、壁厚1mの巨大壁を、たった一日の自然観察のために制作し、1988年9月23日秋分の日、一日、「自然に耳を澄ます」自修イベントを行いました。

 

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「日向ぼっこの空間」で感じたこととその後

 

写真:鈴木昭男ウェブサイトより

 

夜明けから「日向ぼっこの空間」に座り込み、周囲の音響と同調していくにつれ、1年半の労働の重圧と様々な雑念の先に、「人間って音を言葉に翻訳して感じている」ということが分かったそうです。これまで自分はこの場所で長く周囲の音について勉強していたはずと考えていた鈴木さんでしたが、1年半の歳月の中で「言葉に置き換えてはいけないってことを身体的に感じた」のだそうです。

 

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この自然に耳を澄ます自修イベントは、作品「点音(おとだて)」へと繋がっていきます。

 

 

トークの終盤では、「日向ぼっこの空間」の共同制作者である栃木県益子町で造形スタジオ営むKINTAさんも加わり、「日向ぼっこの空間」が取り壊された時のエピソードへと向かいます。

 

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あと1年で30周年を迎えようという2017年に、近くで放牧されていたジャージー牛(種牛)が転んで亡くなったことが原因となり、突然「日向ぼっこの空間」が取り壊されることが決まってしまいます。その時に、当時の資料が入ったワインボトルのタイムカプセルが壁から発見されました。牛のオーナーから、裾野に住んでいた「木造さん」こと堤健三さんへ制作当時の図面やメモが入ったタイムカプセルが届けられたことで、鈴木さんは壁の行く末を知ることとなります。

「日向ぼっこの空間」は自然に風化していってほしいと鈴木さんは望んでいましたが、このことがきっかけで、壁は人為的に取り壊されてしまいました。

 

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KINTAさんが「日向ぼっこの空間」プロジェクトに参加した当時は28歳。KINTAさん曰く「常に昭男さんはいつでもあたらしいものを生み出す方」なので、ついに「日向ぼっこの空間」が取り壊された時に「これでまた新しいものが作れますね」と励ましのメールを送ったのだそう。KINTAさんの人柄がうかがえるエピソードです。

 

 

「日向ぼっこの空間」ブックレット

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今回制作されたブックレットは、「日向ぼっこの空間」がどのような作品であったか、30年の時を経て川崎義弘さんをはじめとする、鈴木昭男さん、中川真さん、四方幸子さんの4人のテキストによってそれぞれの立場から「日向ぼっこの空間」について書かれている資料性の高い内容となっています。

川崎義弘さんは「日向ぼっこの空間」の音源がどのような経緯で残されたのか当時の鈴木さんとの親交とその詳細を記述しています。
鈴木昭男さんは、1日の観察のために15年間の構想+1年半の制作期間を要したこのプロジェクトがどのような経緯ではじまったのか、そしてなぜ自分の意に反して終わりを迎えたのか、作家自身の言葉としてまとめています。

そして中川真さんは、かねてから鈴木さんと親交が深く、サウンドアートを主題に据えて執筆した「サウンドアートのトポス」でも鈴木さんを取り上げ、展覧会の解説なども書いています。ブックレットでは、「日向ぼっこの空間」に携わった方々のインタビューから、このプロジェクトを浮き彫りにする試みを行っています。当初「日向ぼっこの空間」は住民にあまり理解されていませんでしたが、子午線を軸にアーティストが住民を巻き込みながら作品を作り上げていく過程を分析し、完成までの軌跡を辿っています。

四方幸子さんは、作品や鈴木さんが発明した楽器類、自修イベントについてキュレーターとして解説を行い、その経緯を辿って「サウンドアーティスト鈴木昭男」の全体像を美術の文脈から捉えています。

今回のブックレットは、サウンドアーティスト鈴木昭男さんを知る上で、音源はさることながら、鈴木さんの人となりを知ることができる、充実した内容の一冊です。

 

いっかいこっきりの「日向ぼっこの空間」 CD + Booklet

 

 

CD1 : 空間の記録 (60’00)


日向ぼっこの空間を3通りの方法で録音したうちの一つで、エディット無しで1時間を切り取ったもの。
Recorded by Yoshihiro Kawasaki

 

CD2 : 空間での遊び 投げかけ (41’30)

 

日向ぼっこの空間で、鈴木氏が拾った木の枝や小石でパフォーマンスをした記録。

Play1 : 12’54
Play2 : 12’26
Play3 : 15’49
Played by Akio Suzuki
Recorded by Yoshihiro Kawasaki

 

[ BOOK ]

 

Text:四方幸子, 中川真, 鈴木昭男, 川崎義弘
Drawings:鈴木昭男

 

 

プロフィール

鈴木昭男(すずき・あきお)

1941年平壌生まれ。1963年、名古屋駅でおこなった《階段に物を投げる》以来、自然界を相手に「なげかけ」と「たどり」を繰り返す「自修イベント」により、「聴く」ことを探求。1970年代にはエコー楽器《アナラポス》などの創作楽器を制作し、演奏活動を始める。1988年、子午線上の京都府網野町にて、一日自然の音に耳を澄ます《日向ぼっこの空間》を発表。1996年に街のエコーポイントを探る「点 音」プロジェクトを開始。ドクメンタ8(ドイツ、1987年)、大英博物館(イギリス、2002年)、ザツキン美術館(フランス、2004年)、ボン市立美術館(ドイツ、2018年)、東京都現代美術館(2019)など、世界各地の美術展や音楽祭での展示や演奏多数。

鈴木昭男ウェブサイトより

 

川崎義博(かわさき・よしひろ)

1990年より衛星音楽放送St.GIGAプロデューサとして世界中でロケし、番組制作のほかにCD、DVDなど約20作品を制作。1995年InternetExpoをはじめネットワークのストリーミング作品を制作、「Sound Explorer」「Sound Bum」「Aquascape」「Forest Note」などのWEBサイトに携わる。《世界の音を聴こう! 》(日本科学未来館、2002)、《Mind the World》(金沢21世紀美術館、2004)など制作。ドイツ、スペインなどを含め国内、海外で作品多数発表。2009年、日本科学未来館にてプラネタリウム投影機メガスターを使用し、谷川俊太郎氏らとコラボレーション作品《夜はやさしい》を制作。東京藝術大学、多摩美術大学などで音の表現を教え、現在、京都市立芸大芸術資源研究センター客員研究員、和光大学講師。日本サウンドスケープ協会理事。

DNPアートスケープ ウェブサイトより

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  • 2023年9月28日