今井祝雄の音

今井祝雄の音

 

JR大阪環状線の桜ノ宮駅を下車し、大川沿いを歩くこと8分ほどのところにアートコートギャラリーがあります。現在アートコートギャラリーでは、「今井祝雄の音」が開催されています。この展示は今井祝雄さんの音作品にフォーカスした展示で、これまで代表とされる音作品『TWO HEARTBEATS OF MINE』(1976)や、初めて心臓音を作品に使用した『ある偶然の共同行為を一つの事件として』(1972)など当時の貴重な記録や資料に加え、新たに制作された作品『音声の庭』(2023)が発表されています。今回の展示に携わっていらっしゃる藤本由紀夫さんに伺ったお話と、本展示内容の一部を交え紹介いたします。

 

 

 

『ある偶然の共同行為を一つの事件として』(1972)

ある偶然の共同行為を一つの事件として

 

 

ある偶然の共同行為を一つの事件として

 

 

まず、ギャラリーのエントランスに入ると、1972年に発表された作品『ある偶然の共同行為を一つの事件として』で使用された3つのオープンリール用のテープ(左側面)、そして3枚の写真と当時の関連資料(右側面)が展示されています。この作品について、共同行為に参加した村岡三郎さんのウェブサイトでは、下記のように記されています。

 

「七二年夏・大阪
“この偶然の共同行為を一つの事件として. ”と銘打って、さる七月二十日より十日間、私たち三
人の心臓音を、大阪ミナミの一角に投入した。大阪のド真中、御堂筋と道頓堀角の喫茶店「コンドル」屋上の、使用されていない広告塔に取りつけられた三台のスピーカーから御堂筋の車道および歩道に向けて、各心臓音が発せられた。三つの心臓音は複合され、幾とおりかのリズムを繰り返し、街の車の騒音に浸透しながら、朝九時から深夜一時にいたる十六時間毎日その鼓動を打ち続けた。心臓音は店内の三台のエンドレス・テープから屋上のトランペット・スピーカーと歩道脇のウインドーのオシロスコープに連なり、その波動(形)が音の 視覚化として示される。またこの店の前に位置する信号により、車の停止する赤の時間には鼓動はひときわ大きく聞こえ青の時間には車の騒音でかき消されそうになる(街の騒音と心臓音は、ほぼ同ホーンで ある)。さて街の騒音と心臓音を等価として、美術館や画廊などの特殊な場ではない、まったくの日常空間の中 に、果たして偶然の通行人にこのイヴェントがいかに関わっていったか」

(ウェブサイトより)

 

ウェブサイトで当時再生された心臓音(15分)を聴くことができるようになっています。 hfactory.jp/muraoka/1972

 

藤本由紀夫さんの話によると、1972年に展示された喫茶店「コンドル」に設置されたオープン リールデッキから屋上の3台のトランペットスピーカーで音を再生した当時のビルと、現在の道頓堀橋近くのビルは、骨格など変わることなく当時のまま。当時の面影が現在も色濃く残っているのだそう。当時、カフェの窓から見れるように設置したオシロスコープは、スペースの関係からあえて機材を縦に設置し、鏡を斜めに取り付けることで窓から3台のオシロスコープの波形を見れるようにしている(鏡を使ったことで像が逆転してい る)ことなど、これまで明らかにされてなかったことも教えていただきました。

 

 

このような都市空間に音を設置する事例は、ニューヨークの中心マンハッタンにある交差点の足元にある、地下鉄の換気用の空間に設置されたスピーカーから発せられる環境音を聴くマックスニューハウスの大表作品『Times Square』があります。今井祝雄さんはマックスニューハウスよりも5年も早く難波のど真ん中で展示パフォーマンスを行っていて、サウンドインスタレーションの先駆者と考えることができると藤本さんはおっしゃっていました。5月20日の関連対談イベントには参加できませんでしたが、当時の展示の様子をお二人のトークからさらに伺ってみたかったです。

 

 

 

 

『TWO HEARTBEATS OF MINE』(1976)

TWO HEARTBEATS OF MINE

 

展示室を更に次へ進むと天井が高い開けた空間からドクッ…ドクッ…と音が聞こえてきます。こちらの作品は、二つのスピーカーを用いた作品『TWO HEARTBEATS OF MINE』( 1976)です。

 

今井さんは、以前から藤本さんと親交が深く、93年に開催された神戸XEBECの「MUSIC every sound includes music」という企画展で『TWO HEARTBEATS OF MINE』の展示を行っています。ちなみにこの時は、1976年当時のオリジナルのスピーカーが見つからず、TOA製のスピーカーで展示を行ったそうです。

 

ここで作品『TWO HEARTBEATS OF MINE』について説明したいと思います。この作品は直径 20センチほどのスピーカーユニットが2つ表側同士貼り合わされ、人間の胸の高さに吊るされています。接続されたスピーカーケーブルは、荷札にそれぞれの心臓音が録音された日
「APR.18,1975」「SEP.17,1976」が記されており、どちらもエンドレスで心臓音が再生されています。スピーカーをジッと覗くと振動板が揺れていて心臓の鼓動を思わせます。しかし、2つの心臓音はリズムは絡み合いながらも少しずつずれていきます。奥の壁には30歳当時の今井祝雄氏の顔を写した『ポートレイト / 私だけの』(1976)が掛かっています。

 

音源について藤本さんに伺うと、「APR.18,1975」と記してある音源は、産婦人科病院で録音されたもので、「SEP.17,1976」は、KBSレーザリアムセンターでのパフォーマンスのために東京録音という本格的なレコーディングスタジオで録音された音源とのこと。しかし、産婦人科病院で録音された音源は、ヒスノイズがすごくザリザリとした荒い音質だったため、この音源の整音処理を行い、本来の姿に近い音へ戻す作業を行ったとのことでした。

 

そして『TWO HEARTBEATS OF MINE』の整音処理を終えた音源を、実際に設営した時の印象を藤本さんはこのように話していらっしゃいます。

 

『TWO HEARTBEATS OF MINE』が展示されている展示室は天井高7メートルあるんです。その展示室にこれだけがぽつんとぶら下がっているんですけど、小さな音によって展示室全体が響きだす…まさに心臓の中に人間がいるような響きなんですよね。あれは展示しないとわかんなかったですね。

 

また、「音って、モノから出すのではなく空間から出るものだから…」ともおっしゃっていました。

 

実際に展示室に入ると心臓音は壁に反射して音の定位置が消失しています。空間そのものが音の発信源となっていて、どこから流れているか分からないその状態は、正に心臓の中に入っているよ うな感覚に思えました。

 

 

『八分の六拍子』(1976)

そして藤本さんの話は、「映像表現’76」KBSレーザリアムセンターの話題へ

 

ここで、「映像表現’76」KBSレーザリアムセンターにて発表された作品『八分の六拍子』(1976)について説明したいと思います。KBSレーザリアムセンターとは、70年代に現在の京都府京都市中京区の市役所辺りにあった、ドーム内でレーザー光線を照射し、音楽とともにいろいろな図形を描く巨大なドーム状の仮設のアミューズメント施設です。今井さんは、第9回現代の造形「映像表現’76」にて、ドーム空間の暗闇の中、心臓音から6/8拍子を刻むメトロノームの音へと移行し、その拍子に合わせて客席の鑑賞者を作家がストロボ撮影する約10分程度のパフォーマンス作品『八分の六拍子』(1976)を発表しました。

 

『八分の六拍子』(1976)1

写真提供:アートコートギャラリー 撮影:来田猛

 

藤本さんの話によると、今井さんから預かったオープンリールのテープ『八分の六拍子』(1976)は10分程度の尺で収録されているものの、当時の『映像表現’76』のパンフレットには、今井祝雄「八分の六拍子 PART 1」(音のみ、5分)と書かれています。どうやら心臓音が6/8拍子を刻むメトロノームの音へと移行しストロボ撮影のパフォーマンスが開始されたところからの時間がパンフレットに記載されたのではないかとおっしゃっていました。
KBSレーザリアムセンターでの発表後、 京都のアート・コアギャラリーにて「八分の六拍子 PART 2 資料または副産物として」という展示を開催。ここでは、 レーザリアムセンターで34回ストロボ撮影した写真作品を展示されたとのことでした。PART 1で行ったパフォーマンスの資料とPART 2で展示した写真群の一部に、藤本さんの監修されたレコード作品が加わることによって、意味的導線が今回の展示で整理されています。

 

『八分の六拍子』(1976)2

写真提供:アートコートギャラリー 撮影:来田猛

 

今井さんのKBSレーザリアムセンターでのストロボ撮影によるパフォーマンスは、34回のフラッシュの時間をトータルとして考えても恐らく2秒に満たない照射だと思われ、作品自体は音の作品として考えられるとのこと。また、現在のようなサウンド・アートと呼ばれるジャンルが存在しない時代から、映像表現の場に音を持ち込んでしまう今井さんの表現姿勢を、歴史的に見て相当ラジカルな活動をしていらっしゃったと教えていただきました。

 

『八分の六拍子』(1976)レコード

写真提供:アートコートギャラリー 撮影:来田猛

今回、展示に合わせて限定制作された『八分の六拍子』(1976)のレコード作品について

「映像表現’76」KBSレーザリアムセンターにて発表された作品『八分の六拍子』(1976)のオープンリールのテープで保管されていたオリジナル音源を、藤本さんの監修でデジタル化。新たに45回転による高音質な12インチアナログレコード作品として、エディション10部で限定販売されています。作家が1点ずつアートワークを手がけたジャケットに加え「映像表現’76」でストロボ撮影した観客席の写真34コマのコンタクトプリントのイメージや、藤本さんによるテキストを収録したライナーノーツが付属されています。


是非、下記のInstagramのURLから詳細についてご確認ください。
https://www.instagram.com/p/Ctfux4bSXz7/

 

『音声の庭』(2023)

 

今井さんは今回の新作について以下のように記しています。

 

私たちの会話において発される音声の数々。そのほとんどは記憶の彼方に消え去り、ときに記憶の中に沈潜していく。だがそれを録音するとき、そこには再生することを目的とした記録の意思が働いている。監視カメラと同様に電話でさえも。
とはいえ、一度は再生されても、あるいは全く再生されることなく、データとして何らかのメディアの中に封印されるも多くは廃棄されていく。いっぽうで、記録されない会話とその音声の行方 は?
そんな興味から、2022年秋より機会を得た12人(組)と個別に交わした会話を、再生しないことを前提にカセットテープに録音した。今回の展覧会では、音声をメディアの痕跡として視覚的かつ体験的な場を設えたいと思う。

(ウェブサイトより)

 

 

床の上に録音済みカセットテープの磁気テープが全て出された状態で、上からスクエアのアクリル板が置かれています。時間の痕跡である磁気テープが重なっている姿は、枯山水のように日本庭園で大きな水の流れを表す手法と同じく、磁気テープに内在する時間の流れをメタファーとして表しているように感じとれます。これまで今井さんが長年に渡って取り組んできた時間の層や断片を視覚化する手法が、今回、独特の空間となり『音声の庭』として現れている作品だと思いました。

 

 

 

基本情報

 

「今井祝雄の音 – 開廊20周年記念展 Vol.3」

 

ARTCOURT Gallery

 

住所: 〒530-0042 大阪府大阪市北区天満橋1-8-5 OAPアートコート1F

電話:06-6354-5444

ファックス:06-6354-5449

JR環状線桜ノ宮駅西口より徒歩8分、地下鉄谷町線・堺筋線南森町駅9番出口より徒歩10分、JR東西線大阪天満宮駅9番出口より徒歩10分

2023.5.13[sat]- 6.24[sat]
11:00-18:00(土曜日17:00まで) ※日・月 休廊

https://www.artcourtgallery.com

 

 

参考文献

 

金子智太郎 日本美術サウンドアーカイヴ ── 今井祝雄《TWO HEARTBEATS OF MINE》1976年
リーフレット テキスト
https://japaneseartsoundarchive.com/jp/programs/heartbeats/


今井祝雄の音 開廊20周年記念展 Vol. 3
アートコートギャラリー プレスリリース
https://www.artcourtgallery.com/wp-content/uploads/acg-ex_2023.5_Press_JP.pdf

 

村岡三郎 ウェブサイト
https://hfactory.jp/muraoka/1972.html

 

 

【 20230704 追記 】

『八分の六拍子』(1976)について、藤本由紀夫さんから伺った内容とアートコートギャラリーから提供していただいた写真を記事に追加いたしました。

 

 

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  • 2023年7月4日