テープ・ミュージック1

1940年〜1950年後半

 

音楽は、磁気テープが開発されたことによってその在り方に大きな影響を与えられました。そしてそのテクノロジーは、作曲家の権威や作曲行為にまで影響を及ぼします。音は今では素材としてコンピューター上で簡単に扱えますが、それまでの道のりには多くの創造的な実験が繰り返されてきました。「テープミュージック1」では、その時代の中でも特に特徴のある手法がみられる作家を取り上げ、その作品を紹介したいと思います。

 

 

ハリム・エル=ダブ テープ 音楽の最も初期の作家

おそらくテープ音楽の最も初期の作品は、エジプトの電子音楽家ハリム・エル=ダブによって作られた1944年の「Wire Recorder Piece」です。

 

 

YouTube: Halim El-Dabh – Wire Recorder Piece 1944

 

この作品は、持ち運び可能なワイヤーレコーダーを使って古代の治療儀式をレコーディングし、そのレコーダーを借りた中東のラジオ局に持ち込み、その音源を残響室で再生。音源にリバーブ効果を加え、再レコーディングを行いました。更に特定の周波数をイコライジングすることでアンビエントなサウンドを作り上げています。また、場所などの詳細は不明ですが、カイロのアートギャラリーで発表を行っています。そしてダブは、1960年代に米国に渡り、実験音楽で知られているコロンビアプリンストン電子音楽センターでイゴール・ストラヴィンスキーの助手となり、ジョン・ケージ、ウラジミール・ウサチェフスキー、オットー・ルーニングなどの人々と共同で仕事をしています。

 

 

ピーター・シェフェール ピエール・アンリ「ミュージック・コンクレート」

フランスの放送技師だったピーター・シェフェールは、1944年にフランス公営放送の片隅に実験スタジオを作り、初期の頃は、SPレコード(既に記録されていた素材)などを使って音響作品を制作していました。それらの作品は、1948年に放送されました。そして1951年に音楽教育を受けた作曲家兼パーカッショニストであるピエール・アンリに出会い、パリにミュージック・コンクレートの研究グループ(Groupe de Recherche de Musique Concrète)「GRMC」(後にGRMに改名)を結成します。「GRM」には、エドガー・ヴァレーズ、リュック・フェラーリ、ヤニス・クセナキス、オリヴィエ・メシアン、ピエール・ブーレーズなど多くの作曲家が参加していますミュージック・コンクレートは、「抽象的な音楽」は「抽象的な理念や構想から具体的な音楽作品へと向かうもの」であるのに対し、「具体的な音楽」は「具体的な音響から抽象的な理念や構想の表現へと向かうもの」とシェフェールは考えました。そして、シェフェールとアンリは、ミュージック・コンクレート制作のために2台の専用システム「Phonogene」と「Morphophone」を開発しました。

 

 

「Phonogene」は、速度の変化を介してテープの半音階再生を可能にし、サンプルの3つのチャネルで同時にポリフォニック再生が可能でした。また、「Morphophone」は、可動ができる12の再生ヘッド及び録音ヘッドを備え、遅延と複雑なフィードバックシステムを介してテープループをフィルタリングできました。各テープヘッドはバンドパスフィルターとアンプに接続され、非常に複雑な音色にエフェクトすることを可能にしました。

 

YouTube: Pierre Schaeffer – Etude aux chemins de fer 1948

 

 

・フランス公営放送で放送された作品5曲を収録

 

 

・GRMのアーカイブ音源 一曲目がシェフェールの初のミュージック・コンクレートの作品です。他、リュック・フェラーリや丹波 明などの作品を収録

 

 

ジョン・ケージ「Williams Mix」

ジョン・ケージ は1951年ごろからテープを使った電子音楽の作曲と実験を開始しました。ウィリアムズミックスのスコアは193ページほどの長さで、3,000を超えるテープスプライス形状があり、断片化、フェード、ループ、および後方への動きを可能にするため、サウンドエンベロープが変化します。音源には、都会の音、田舎の音、電子音、人間の音、歌などのピッチ音を含む風による音、増幅が必要な目立たない音の6種類の音が指定され、演奏には、8台のシングルトラックまたは4台のダブルトラックテープレコーダーが指定されています。これらの音の操作方法は、中国の「易経(えききょう)」が用いられ、ランダムな方法によって生成されて譜面に定着されました。

 

 

YouTube: John Cage – Williams Mix

 

Williams Mixは、ミュージック・コンクレートの創始者ピーター・シェフェールとの出会いからケージは、「易経」を用いて独自の作曲方法で音楽制作を行いました。また、はじめての多チャンネル再生(8チャンネル再生)を採用している音楽作品です。

 

 

テリー・ライリー「Mescalin Mix / Music For The Gift」

テリー・ライリーのMescalin Mixは、ジョン・ケージのWilliams MixやFontana Mixの敬意から1962年にその曲のタイトルを命名しています。Mescalin Mixの音楽素材に用いられた笑い声やブルースピアノのリフなどが繰り返され、それらは、当時、ペヨーテ(サボテン)の摂取により引き起こされる時間的な知覚、幻覚作用をサウンドとして表現しています。基本的なサウンド素材はランダムに録音され、偶然の操作に従ってスプライスされました。この曲は、アン・ハルプリン・カンパニーのダンス公演「The Four-Legged Stool」のために作曲されました。

 

 

YouTube: Terry Riley – Music for the Gift V

 

「Music For Gift」の音源を聴いた時、最初に驚かされるのは、曲にジャズトランペットがフィーチャーされていることと、実験劇「Gift」のための音楽であることでしょう。このことは当時のライリーが多岐で横断的な活動をしており、その関係性から生み出されたとても興味深く素晴らしい音楽として完成しています。ライリーは、コンサートピアニストとしての訓練を受けていましたが、ヨーロッパに滞在していときは、ジャズピアニストとして生活費を稼いでいました。ライリーとジャズとの主なつながりは、アルトサックス奏者で友人であるラ・モンテ・ヤングを通じてもたらされています。
「Music For Gift」は、前半の曲をチェット・ベイカーが演奏しています。その経緯は、当時、麻薬所持で拘留されたイタリアの刑務所から釈放されパリに滞在していたベイカーにライリーが偶然出会ったことからはじまります。その話を実験劇(ギフト)の総監督であるケン・デューイに話し、デューイの依頼により「Gift」の音楽制作にベイカーが参加することが実現しました。ベイカーが参加することとなり、ライリーは早速、音楽制作に取り掛かります。「Gift」でのアイデアは、予めテープにベイカーの演奏を録音し、それをもとに編集したテープループを作成。舞台上でテープを再生しながらベイカーがリアルタイムに演奏するものでした。The Giftのテープの音楽制作にあたり、ライリーはフランス国立放送システム(ORTF)のスタジオエンジニアの支援を受けました。エンジニアは、ライリー自身がMescalin Mixで実験した手法を元に、ジャズコンボの元の録音からさまざまなサイズのループを作成しました。また、エンジニアとライリーは、エコープレックス(エレキギター用に開発されたエフェクタ)を発展させ、同じテープが間に張られた2台のテープレコーダーをセットアップするというアイデアを形にしました。

このシステムは、1台目のテープレコーダーで音源が録音され、2台目のテープレコーダーで再生されます。遅延(ディレイ)して再生された音信号が1台目のテープレコーダーにフィードバックして新しい音源とともに再生されます(2台のレコーダーの距離によって遅延の時間が変化します)。2台のテープレコーダーが録音と再生を繰り返し、結果として累積的な再帰が発生し、最終的にはループ音がゆっくりとフェードアウトします。
「Gift」のリハーサルはパリ南部のヴァルモンドワにある城の廃墟のスタジオで行われ、1962年3月にサンフランシスコで初めて上演されました。CDの裏側にその当時のフライヤーが掲載されています。

 

ウイリアム・バロウズ「CUT-UP」

ウィリアム・バロウズは、1950年代、パリの安宿であるビートホテルに滞在していました。そこには当時、アレン・ギンズバーグやソフト・マシーンのデヴィッドアレン、ピーターオルロフスキーなど多くの作家がおり、「ビート詩」の拠点となっていました。バロウズはそこで「裸のランチ」(1959年)を書き上げ、後にブリオン・ガイシンに出会います。そしてガイシンは「カットアップ」という、印刷されたテキストから切り取られた断片をコラージュして散文を作成する手法をバロウズに伝授します。ガイシンとバロウズは、バロウズの声をテープに録音して編集し、テープを使ったカットアップを行い、視覚的なテキスト情報が聴覚情報に変換される実験を開始します。

 

バロウズのカットアップを集めた初期の作品集「Break Through In Grey Room」

 

YouTube:Break Through In Grey Room

 

 

 

ここまで1940年代から50年代後半までのテープ音楽について、特に創造的な手法で時代に大きな影響を与えた作家について取り上げてみました。次は、60年代のスティーブ・ライヒ、ブライアン・イーノなどの動きを辿り、現在までを見ていきたいと思っています。

 

 

〈 引用・参考文献 〉

Wikipedia – Halim El-Dabh

Halim El Dabh An Alternative Genealogy of Musique Concrète

電子音楽を発明した92歳のエジプト人、ハリム・エル=ダブ

Wikipedia – ミュジーク・コンクレート

Wikipedia – ピエール・シェフェール

Wikipedia – ピエール・アンリ

Wikipedia – John Cage Williams Mix

・the complete Birth of the Loop by terry riley

 

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  • 2021年8月12日