テープ・ミュージック2

1960年〜2020年

 

前回の「テープ・ミュージック1」で紹介したように、磁気テープが技術的に実用レベルになって普及し始め、一般的にレコーディングに用いていたテープを、楽器を演奏するように使って制作する作家が少数ではありますが現れはじめました。今回の「テープ・ミュージック2」ではテクノロジーによって演奏の形式が大きく変化し始めた60年代から、ミニマル・ミュージックやアンビエント・ミュージックなどの新たなジャンルが生み出される流れをみていこうと思います。

 

 

スティーブ・ライヒ

スティーブ・ライヒは、テリー・ライリーやフィリップ・グラスと並ぶミニマル・ミュージック界では重要なアーティストです。中でも彼の初期の作品集「Early Works」でのテープの実験からできた作品「It’s Gonna Rain」(1965年)は、スティーブ・ライヒの音楽の方向性を決定する重要な作品の一つで、次の作品「Piano Phase」(1967年)を作り上げるヒントにもなりました。この作品は、友達に勧められ、サンフランシスコのユニオン・スクエアでテープレコーダーを持って街中の牧師の演説を録音した音源が素材として使われています。そして二台に同じ音源を入れ、ループ再生して少しずつ速度を変化させ、音の位相と音の高さの変化を効果としてうまく出していて、サウンド のメッセージ性と共に力強い作品となっています。ライヒのドキュメンタリーによると「この効果は偶然発見され、神から降りてきたとも言える」と当時を回想しています。

 

YouTube: Steve Reich – It’s Gonna Rain Part1
YouTube: Steve Reich – It’s Gonna Rain Part2

 

 

詳しい内容については、ライヒのドキュメンタリー「PHASE TO FACE」がYouTubeで無料配信されています。13分頃から「It’s Gonna Rain」と「Piano Phase」を聞くことができます。是非、本人のインタビューも合わせてご覧ください。
「it’s gonna rain」の実験によって得た着想から、次の作品「Piano Phase」にも同じ技法を応用しています。二台のピアノで同じフレーズを弾きながら少しずつ速度を変化させると、徐々にフレーズがズレていきます。一拍ズレると、別のフレーズとして新たなフレーズが現れてきます。ピアノのフレーズは素晴らしく美しい作品です。

 

YouTube: Steve Reich – Piano Phase

Steve Reich – Phase to Face

 

テープの実験で作られた作品ではありませんが、ミニマル・ミュージックの先駆者テリー・ライリーが1964年に発表した作品「IN C」も重要な作品です。「It’s Gonna Rain」の1年間の作品ですが、ライヒの「Piano Phase」とは異なったアプローチと構造を持った音楽で、基準となるパルスと呼ばれるリズムの基準音と、53個の独立したハ長調 in C のモジュール(異なったパターンのフレーズ)からなり、ガイドラインにそって、基準のパルス音にモジュールが重なっていく構造となっています。この作品は、後の音楽に大きな影響を与えることになります。

 

YouTube: Terry Riley – In C

 

 

 

フリップ&イーノ ノー・プッシーフッティング

フリップ&イーノでの作品の中で、後のブライン・イーノの活動の基礎となる特に重要な作品「ノー・プッシーフッティング」です。この作品は、2台のテープレコーダーとシンセサイザー、ロバート・フリップのエレキ・ギターから構成され、イーノの自宅スタジオでレコーディングされました。サウンドは、アドリブ演奏で緩やかに繰り返しが展開されていきます。2台のテープレコーダーは、後のイーノによる「ディスクリート・ミュージック」に繋がり、また、フリップは、ギター演奏と組み合わせる「フリッパートロニクス」に発展させ、独自の活動へ展開してく実験的な位置となる作品です。

 

 

 

ブライアン・イーノ「ディスクリート・ミュージック」  

ブライアン・イーノは、「ディスクリート・ミュージック」(1975年)の頃からテープを使った自動演奏システムを作り、音楽制作を行なっています。ディスクリート・ミュージックは、EGレーベルの中のブライアン・イーノによって立ち上げられ、シリーズとして発表された実験的なレーベル「Obscure Records」としてリリースされました。「Obscure Records」は、イーノが70年代に参加したコーネリアス・カーディーの「スクラッチ・オケストラ」とギャヴィン・ブライアース「ポーツマス・シンフォニア」の二つの実験音楽集団への参加がきっかけで、自身のレーベル「オブスキュア」にブライアース やマイケル・ナイマンなどがアーティストとして参加しています。「ディスクリート・ミュージック」はその中の3番目の作品として発表されています。

 

YouTube: Brian Eno – Discreet Music

 

 

ディスクリート・ミュージックは、フリップ&イーノで行ったテープによるサウンドの実験を展開したかたちとして制作されました。2つのテープの両立するメロディーラインのシンセサイザーを、異なる持続する時間で録音。それらを再生すると、不規則に重なり合いレイヤーが形成され減衰していきます。また、ときどきシンセサイザーの音色を変えることで、始まりも終わりもあまり感じることがない、緩やかな流れの音楽が自動で生み出されるシステムです。このようなイーノの生成音楽は、Audio Cultureに掲載した論文「芸術における多様性の生成と組織」としても発表されました。論文では、ジョン・ケージの不確定性を導入しつつ、サイバネティクスを取り入れた音の多様性の生成と、システムの制限やリスナーの音に対する知覚の変化について論じています。2台のテープの周期のズレ、ループ再生による脈略な重なる音、こられらが作家の予期ない偶然性を取り入れる多様性が生み出されるシステムと、システムの制限とは、テープの長さやハードウェアして機能は制限となっていると考えることができます。テープを使ったイーノによる生成音楽システムは、コンピューターが主流になった時代では、音楽制作アプリケーション「Koan」やフロッピーディスクで販売されたOPAL Label「Generative Music 1」、iPhone上で再生が行えるアプリケーション「Bloom」や「Scape」へと発展していきます。イーノのメディアテクノロジーへの関心はとても強く、テクノロジーの発展に伴って作品も変化しています。そこがイーノの音楽のコアとなるため、「Generative Music 1」や「Bloom」などのコンピューターによる生成音楽については、改めて記事としてまとめることができたらと考えています。

 


ブライアン・イーノ アンビエント 1

フリップ&イーノの「ノー・プッシーフッティング」や「ディスクリート・ミュージック」など、テープレコーダーによる表現の実験と論文「芸術における多様性の生成と組織」のコンセプトが組み合わさった集大成が「アンビエント・ミュージック」の4つのシリーズです。「ミュージック・フォー・エアポーツ」はその中の第1作目で、ライヒの「it’s gonna rain」と同様に、2台のテープレコーダーを使用し長いループテープ3〜4本から作り出しています。音楽には違いがありますが、ライヒやミニマル・ミュージックの影響を受けた作品と言えます。「ミュージック・フォー・エアポーツ」を「ミューザック」や「バックグラウンドミュージック」との明確な違いを示すために、イーノは、新たな造語「アンビエント・ミュージック」を作り出しました。

イーノはその当時、音楽の再生機器が多く普及し多様化していた状況と、リスナーが音楽を集中して聞くことがなくなっていることについて、新たな音楽や聴き方への考えを巡らせていました。イーノが事故で寝込んでいた時、調子が悪いレコードプレーヤーで微かな音量で再生されていた音楽が空間に及ぼす作用や、その時の音に対する知覚がアンビエント・ミュージックの着想となったと回想しています。
この「ミュージック・フォー・エアポーツ」は、空港で流すための音楽で、空港独特の環境に合わせて制作されました。アナウンスや会話で遮られても成立するように制作されていて、リスナーはその音楽を聞き流すことも、集中して聴くこともできるようになっています。このコンセプトはエリック・サティーの「家具の音楽」やジョン・ケージ の「4分33秒」の音楽の延長にあると考えることができます。

 

YouTube: Brian Eno – Ambient 1: Music For Airports

 

アンビエント・ミュージックについは、機会があればまとめた記事にしたいと思っています。

 

 

ナム・ジュン・パイク「Works 1958-1979」

ナム・ジュン・パイクはビデオアートで有名な作家ですが、パイクは日本で作曲家アーノルド・シェーンベルクの作品を学んだ後、1956年にドイツに渡り音楽史の研究を続け、カールハインツ・シュトックハウゼンが働いていたドイツ放送協会の電子音楽スタジオに勤務していました。その当時、内科画廊(東京都港区)の宮田國男氏の紹介でジョン・ケージと知り合い、ケージの思想に触れます。そして1959年、デュッセルドルフのギャラリー22でパフォーマンスアート「ジョン・ケージへのオマージュ」「テープレコーダーとピアノのための音楽」を発表。1960年には、ケルンのアトリエ・マリー・バウエルマイスターでパフォーマンス「ピアノフォルテのためのエチュード」を発表します。その当時に作曲された「マース・カニンガムのためのプリペアド・ピアノ」や「ジョン・ケージへのオマージュ」、「ピアノフォルテのためのエチュード」の上記の2曲を含む、テープで制作された貴重な作品が「Works 1958-1979」に収録されています

 

YouTube: Nam June Paik – Piano Phase Hommage à John Cage

YouTube: Nam June Paik – Prepared Piano for Merce Cunningham

 

 

 

ランガム・リサーチ・センター

www.langhamresearch.co.uk

ランガム・リサーチ・センター(LRC)は、フェリックス・ケアリー、イアン・チェンバーズ、フィリップ・タグニー、ロバート・ウォービーの4人グループ。BBCのランガム・プレイス・スタジオで活動しているプロデューサーでもある彼らは、オープンリール式テープマシン、正弦波発振器など、かつてBBCラジオフォニックワークショップで使用された後に放棄されたビンテージ機械を使用して、ラジオフォニックワークショップの伝統を継承しようと活動しています。彼らの代表的な作品としては、2014年にSub Rosaレーベルからリリースされた「John Cage – Early Electronic and Tape Music」でしょう。ジョン・ケージの再演で評判となりました。
また、 Tape Works Vol. 2は、フランスの作曲家 故ルック・フェラーリの90歳の誕生日を記念して、カフェ・オトのフェスティバル「Stereo Spasms」に合わせて制作されました。アルバム制作にあたり、フェラーリの作品の中から「Les Anecdotiques」(2002年)をモチーフとして選んでいます。この作品は、フェラーリが一連の旅で録音したものと、彼のアーカイブである電子音、そして自発的で親密な言葉を組み合わせたものです。LRCは、ブルンヒルド・フェラーリからアルバム音源の使用を許可され、自分たちで録音した場所と電子音を組み合わせて作品を作り上げた、とても興味深い作品となっています。

 

YouTube: Cage: Early Electronic & Tape Music

 

 

YouTube: Tape Works, Vol. 2

 

 

 

オープン・リール・アンサンブル

openreelensemble.com


オープ・リール・アンサンブルは和田永、吉田悠、吉田匡による3人グループ、テープレコーダーをクリスチャン・マークレイのフォノギターのようにメインのパフォーマンス楽器として使っています。そしてテープディレイやスクラッチ、ビブラートなどテープが得意とするサウンドの表現を楽曲に取り入れています。また、彼らはテープレコーダーを操作するために自作でUSBインターフェイスを開発。パソコンと同期できるようにし、レコーディングやライブ演奏をショーパフォーマンスとして見応えのある演出にできるよう操作しています。ISSEY MIYAKEのパリ・ コレクションの音楽を4季担当し、ライブ・パフォーマンスへの高く評価されています。

 

ISSEY MIYAKE 2013-14 Autumn / Winter

回典 ~En-Cyclepedia~ Open Reel Ensemble PV

日比野克彦 × Open Reel Ensemble × off-Nibroll @ 六本木アートナイト<アートブネプロジェクト>

 


「テープ・ミュージック1」と「テープ・ミュージック2」の2回に渡って、磁気テープをテーマにその歴史と作家の作品をみてきました。素材としてテープを使用していることは同じでありながら、テープ固有の特徴や制限への着目が、ミニマル・ニュージックやアンビエント・ミュージックを生み出すきっかけとなっています。これまでの流れをみると、創作のヒントは、創造的な実験を繰り返すことから発見されているとわかります。また、高度な音楽教育を受けたライヒとアートスクール出身のイーノ、両者の音楽の制作方法はとても近いですが、音楽のコンセプトは大きく違い、この辺りはとても興味深いと感じます。

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  • 2021年9月8日